花の里の四季

公開日 2016年02月04日

松崎の町花はツワブキである。町の歴史と共に咲き継いできた花として、昭和53年に、町民が選んだ郷土の花である。
西風の吹き始める12月ごろ、海に近い山林の下生えや、岩の根方に、ひっそりと質素な黄色い花をつける。艶やかで厚く、緑濃い葉が重なりあう中から、ぐんと逞しい茎が伸び、その先に4~5cmの頭花をつけた姿は、いかにも逞しく、野の花に相応しい。葉は、軽く火にあぶって薄皮をむけば化のう止めに効く薬草であり、若い茎や葉は食用にも用いられるほどで、未だ医療の発達をみず、自給自足が常識であった時代には、人の生活に密着した、馴染みの深い野草であったろう。松崎の人々が、ツワブキを町花に選んだ心の底には、単に自生地が多く、人の目に触れやすい、というばかりではなく、こうした人と自然との長い長い関わりが、花への親しみとなって、代々受継がれていたからに違いない。ツワブキは文字通り、松崎町民の心の花であったのだ。
「花いっぱい運動」は〝即存の花を見直し、生かしてゆこう〟というところから出発した。
「桜ぐらいしかないじゃないか」
という声も多かったが、改めて洗い直すと、今まで見過ごしていた花が続々として見つかった。オモト,ノカンゾウ,アキノノゲン,ツルボ,カメバヒキオコシ,ミズヒキ,ツユクサ,ゲンノショウコ,ホトトギス,野草は無限だ。花木も桜をはじめ椿,ツツジ,シャクナゲ,ニセアカシア,サルスベリとたちまち五指にあまる。露地栽培のマーガレットも見事なものだ。
季節ごとにひろってみると-。
まず1月から3月、早春の季。山にはヤブツバキが一重五弁の可憐な紅い花を開く。三浦遊歩道を歩くと、どこにでもヤブツバキが見られ、花のまだ少ない季節を楽しませてくれる。江奈沢には100mにもおよぶ椿の生垣がある。みっしりと茂る葉むらに、紅色が散る風情は、この花らしい落着いた咲きっぷりで、桜におとらぬ日本的な貌をもっている。
逆に、底ぬけに明るく、エキゾチックな花がマーガレットだ。岩地の段々畑で1月の中旬から白い花を開きはじめ、3月には出荷用に、
「切っても切っても一晩でまっ白になります」
と、栽培農家でボヤくほどになる。開きすぎては出荷できないのだ。観光用花狩りも1月中旬から始まり、花の終わる3月まで続く。
4月、5月は松崎の春もまっ盛りだ。なんといっても那賀川堤を南郷から大沢へかけて続く桜並木が圧観で、俳句の短冊を桜の枝に飾る風流もゆかしい。見頃は5月上旬で、ちょうどこの頃、堤にそう畑はレンゲの花の最盛期。まさにピンクの絨毯を広げたよう。つい畑へ分け入って花を集め、首飾りや花冠を作ってみたくなる。
文覚上人開創と伝える円通寺も桜の名所だ。昔、天気のよい日には、清水から眺望できた巨桜があったそうだが、現在は4~5本の桜が堂前を飾っている。それでも松崎一も古刹らしく、なかなかに風格を崩さぬ寺で、桜の花の咲く頃は、
「ことによい寺です」
勧める人も多い。
5月の中旬に入ると、長者ヶ原で野生ツツジが咲きそめる。標高520m、富士山を望むカヤトの高原だが、花どきは一面にピンクの花で埋め尽くされるのだ。
6月に入れば長九郎山頂付近でシャクナゲが見られる。樹令数百年を経たアズマシャクナゲの自生林で、ここが日本列島の南限地。ピンクのほかに白や赤い花も混じり見事なものだ。
里で見られる花はアジサイ。山に自生するものはガクアシサイがほとんどだが寺の庭や民家の庭には球状の改良種も見られる。伏倉の一本松を流れる小川の堤などにも、ツツジと交植されたアジサイの列があって、田植時分など、長閑な農村風景を引き立てている。
アジサイが咲くと、梅雨がきて、やがて夏の到来である。商店街のフラワーポットではサルビアが燃えるように咲き、磯辺ではひっそりとノカンゾウが揺れている。南郷の土手には月の出を待ちかねたマツヨイグサが、見る間に黄色い花びらを解き、山陰では幻のようなホタルブクロが白い筒花をたれている。めくるめく強い太陽の下で咲きほこるサルスベリの紅花が、水平線に日が沈むと、谷奥から流れ出すたそがれ色にとけはじめる。
「同じ花なのかしら-」
目を凝らすほど花の雰囲気が変わるのも、花を見る心が、昼の激しい熱さから解き放されて、くれがたの爽やかさに生気を取り戻すからであるに違いない。
田圃の稲が心なしか黄を増してくると秋の始まりだ。畦道や川の土手に朱色の彼岸花が咲き始める。ちょうど彼岸の頃から咲き始めるところから「彼岸花」と呼ばれるのだが、墓地などにもよく咲くところから、
「死人花」
「灯籠花」
などと呼んで、不吉な花として嫌う人もいる。
しかし、もう1つの別名に、
「曼珠沙華(マンジュシャゲ)」
があって、これはいかにもロマンチックで美しい花名である。梵語で〈赤い花〉の意というが、すっきり伸びた茎の先に、六枚の花弁を外側に巻きこみ、長い雄しべを立てた小花が五~六個、かたまって咲く姿には、〈不吉〉など探しても見当たらぬ美しさがある。まして群生している時などは、その鮮やかな花の色のみごとさに、実りの秋の力が集結しているのではないかとさえ思えるほどだ。強いて探せば、この花の根に毒性があることで、〈不吉な花〉とすることで、人がみだりにこの花に触れることのないよう戒めた、先人たちの知恵であったのかもしれない。岩科や大沢などではどこにでも見られ、自動車道路の隅などにまで朱色の花が咲いているのを見ることができる。
ヒガンバナとともに秋の訪れを告げるのが山萩だろう。秋の七草の1つにも数えられる半低木だ。藤見彫刻ラインにそう山林の下生えに見られ、しだれた枝に紫色の蝶に似た花をつける様子は、野の花らしい素朴さに満ちている。目立つ花ではないだけに、自動車で通る人の目には映らぬことが多く、地元でも知らない人が多いようだ。長者ヶ原にも山萩が郡落している。
秋には野草の花も多い。アキノノオゲンやツルボ,カメバヒキオコシ,ホトトギスなどが田のふちや山陰でひっそりと咲く姿を見ることができる。たいていは小さくて花色も地味、つい見すごしていることが多いのだが、改めて探してみると、松崎の野の花の豊富なことに驚かされる。それだけ松崎の自然が、
「自然のままに残されている」
という証でもあるわけだ。
しかし、この恵まれた環境を、いかに保ち得るか、が今後の大きな課題でもある。松崎町民に限らず、松崎を訪れる人々も含めて、1人1人が大切な〈ふるさと〉としての草木は勿論のこと、鳥や獣、昆虫に到るまで、1つ1つを大切に扱うことこそ、取りも直さず、
「自然保護」
の基であり、「花いっぱい」の町づくりへの最大かつ最短の道であることを、十分に理解しなければならないのである。

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