公開日 2016年01月29日
第30回長八まつり
総評
漆喰による鏝絵作品という共通点をのぞけば、よくぞこれだけ多種多彩の様々なタイプの作品が一堂に会したものだと驚かざるを得ません。募集要項では本コンクールの趣旨として「長八の伝統を踏まえた作品、新しい時代にふさわしい自由な発想の作品」を募集すると述べていますから、ありとあらゆるタイプの作品が多く集まっていることは大いに歓迎すべきこととして喜ばねばなりません。問題は、そうした様々の価値観によって表現された多様な作品を我々審査する側がどこまで適格に評価できるかという点にかかっているかもしれません。そして、その作品の魅力が強くダイレクトに分かり易くアピールされているものもあれば、中には最も大切なものがセーブされて控えめに表現されているものも少なくありません。したがって、見る側の視点を少し変えるだけで、作品の評価が大きく異なってくることもありうるわけです。そのような意味から率直に言って、今回の全ての出品作のどれもが、最優秀作、および優秀作、あるいは入賞作品になってもおかしくないわけです。審査する側がこのように言うことは無責任にも聞こえるかもしれませんが、ここで言いたいのは、それぞれの作品の固有の魅力について我々が無関心だというわけではなくて、多様な価値観について評価することの難しさについて述べた次第です。繰り返して言いますが、今回の全ての作品が高い評価を受ける可能性はどの作品にもあったということを強調しておきたいと思います。最優秀作品になった柳沢さんの「何処へ」は、超現実主義(シュールレアリズム)の雰囲気を感じさせるもので、これまでの最優秀作品には無かった新しい傾向だと思います。優秀作品の長江さんの「立山連峰と雨晴」は、漆喰の素材としての実在感を強調しながら、目に見えない風を感じさせるのが素敵だと思います。同じく優秀作品の高橋さんの「浅間山(秋)」は、ゆったりとした時間の流れと空間の広がりが魅力です。それ以外の印象に残った作品をいくつかご紹介します。本多さんの「マーメイドが花火を見に」は、技術点についてはさておき、作品のもつ楽しさと活力(パワー)はとても魅力です。大櫃さんの「やわらかな夜」は、夜の情景をこんなに美しく表現しているのが素晴らしいです。笛田さんの「グリザイユ(昭和)」は、個人的には今回の出品作品の中で白眉だと思います。漆喰による立体表現と墨色の濃淡の表現がそれぞれ独自に作用しているように見えることがこの作品の弱点だと思われるだろうと推察します。しかし、正にこのことがこの作品が目指す新たな挑戦だと私は思います。これまでの最も優れた作品においても、立体と彩色の関係は補完的(あえて言えば説明的)であって、それ以外の可能性は未知の領域でしたが、ここではかなり成功していると思います。小口さんの「優勝の瞬間」は、彫刻の領域と絵画の領域を力いっぱい最大限に駆使していて、これも鏝絵の王道の一つとして評価したいです。佐伯さんの「龍神と七神なり童子の戯れ」は、平滑な黒漆喰みがき仕上げの上に施された盛り上げです。一見すると乱雑にモチーフが散りばめられているようですが、全体としてしっかりした構成になっている力作です。今回は黒漆喰のみがき壁をベースにした作品が多くありましたが、いずれも秀作でした。今岡さんの「ROSE&SEA」は、とても魅力的な作品ですが色彩の点でもの足りないのが残念です。茂住さんの「鴨」も黒漆喰みがき壁です。こちらの方は「龍神と七神なり童子の戯れ」とはまったく異なった傾向の作品になっていて、黒漆喰みがきを活用することの可能性の大きさを証明していると思います。岡田さんの「ときめき(五自)」の盛りあげは実に控え目なので人目を引きにくいかもしれませんが非常に完成度の高い作品です。顔や手の繊細な美しさは実に見事で、長八の残した伝統が今に生きていると思います。繊細な美しさという点では西宮さんの「花菖蒲」も同じで、その技術力には目を見張るものがあります。以上のように「長八の伝統を踏まえた作品、新しい時代にふさわしい自由な発想の作品」が数多く集結しているのは誠に喜ばしいことだと思います。
大阪芸術大学 客員教授 丹羽 洋介
審査員
- 大阪芸術大学 客員教授:丹羽 洋介
- 美術評論家:安達 めぐみ
- (一社)日本左官業組合連合会 会長:守屋 清
- 神奈川県左官業組合連合会 会長:三上 誠司
- 元月刊「さかん」編集長:小林 澄夫
- 長八作品保存会:関 賢助
氏名 | 作品タイトル | 地域 | |
最優秀賞 | 柳沢 行一郎 | 「何処へ」 | 神奈川県相模原市 |
優秀賞 | 長江 崇弘 | 「立山連峰と雨晴」 | 富山県砺波市 |
高橋 正道 | 「浅間山(秋)」 | 長野県佐久市 | |
入 賞 | 堀江 弥太郎 | 「祝・世界文化遺産へ(富嶽)」 | 東京都三鷹市 |
小野 和司 | 「竹と雀(すずめ)」 | 埼玉県久喜市 | |
大櫃 孝之 | 「やわらかな夜」 | 島根県安来市 | |
笛田 将之 | 「グリザイユ(昭和)」 | 埼玉県さいたま市 | |
新井 良作 | 「時の鐘(川越)」 | 埼玉県川越市 | |
国広 好生 | 「継承不安TPP」 | 神奈川県綾瀬市 | |
松田 茂 | 「ノスタルジア」 | 神奈川県大和市 | |
吉田 好美 | 「寡黙な人」 | 神奈川県大和市 | |
小口 舜造 | 「優勝の瞬間」 | 長野県岡谷市 | |
野中 順子 | 「紫陽花」 | 愛知県名古屋市 | |
山本 榮一 | 「秀麗富士」 | 神奈川県大和市 | |
岡田 明廣 | 「ときめき(五自)」 | 愛知県大治町 | |
佳 作 | 飯泉 詔男 | 「冬の唐松林」 | 長野県須坂市 |
中村 一夫 | 「中瀬邸」 | 静岡県松崎町 | |
西根 良幸 | 「トラフズク」 | 栃木県益子町 | |
土橋 庄一 | 「桔梗とグラスワイン」 | 京都府京都市 | |
柳沢 艶子 | 「いつも一緒だよ」 | 神奈川県相模原市 | |
柴田 敬二 | 「親子鯉」 | 島根県安来市 | |
西宮 肇 | 「花菖蒲」 | 静岡県松崎町 |
最優秀賞作品
「何処へ」
柳沢 行一郎
神奈川県相模原市
可能な限り本物の雰囲気に近づけようと努力を傾けていますが、それが結果的には自然の再現ではなくて、不思議な超現実の世界の表出になっていると思います。ビワの木だと思いますが、ビワとあげは蝶とは自然界ではあまり接点はなく、たぶん作者のイメージによる組み合わせだろうと推察します。その組み合わせの意外さも超現実的な感覚に何らかの作用をしているのかもしれません。
優秀賞作品
「立山連峰」
長江 崇弘
富山県砺波市
美しすぎる景色というのは絵にするのは難しいものですが、この作品はこれまでに私が見た立山と雨晴の絵には無い独自の魅力があります。海の方から立山に向かって吹いてくる強い風をしっかり実感できることです。漆喰の盛り上げによって表現した山の稜線と海の波の曲線の重なりが、目に見えない風を表現することにつながったとしたら、それはとても素敵な事だと思います。
「浅間山(秋)」
高橋 正道
長野県佐久市
疾走する長野新幹線の電車を画面に入れたくなるのが人情ですが、ここではその新幹線の不在がゆったりとした時間の流れを感じさせています。手前から奥へと引き込まれる視線は、地面の段差や新幹線の橋脚のところの重なり具合に微妙なズレのようなものを感じて、そのことがゆるやかな時間の流れの感覚とあいまって心地よい気分を表出しています。
入選作品
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「祝・世界文化遺産へ(富嶽)」 堀江 弥太郎 東京都三鷹市 |
「竹と雀(すずめ)」 小野 和司 埼玉県久喜市 |
「やわらかな夜」 大櫃 孝之 島根県安来市 |
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「グリザイユ(昭和)」 笛田 将之 埼玉県さいたま市 |
「時の鐘(川越)」 新井 良作 埼玉県川越市 |
「継承不安TPP」 国広 好生 神奈川県綾瀬市 |
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「ノスタルジア」 松田 茂 神奈川県大和市 |
「寡黙な人」 吉田 好美 神奈川県大和市 |
「優勝の瞬間」 小口 舜造 長野県岡谷市 |
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「紫陽花」 野中 順子 愛知県名古屋市 |
「秀麗富士 山本 榮一 神奈川県大和市 |
「ときめき(五自)」 岡田 明廣 愛知県大治町 |