公開日 2021年01月28日
発足
伊豆松崎牛原太鼓は、勇壮な音とリズムによって町のシンボルとなる太鼓を創り出そうと昭和59年に発足しました。
発足当初の曲は、函南町在住の和太鼓奏者、君崎四郎氏が創作しました。町内の各社(三省社・責善社など)から大人のメンバーを選出し、日曜日ごとに函南町に通ったり、君崎先生に松崎に来ていただいたりして太鼓を教えていただきました。伊豆の長八美術館がオープン(昭和59年7月)したときに第1回の長八まつりが開催され、その時に牛原太鼓も初披露されました。
経過
平成17年4月からは、こどもたち(園児や小学生)をメンバーに活動していた「ドンツク太鼓塾!!」と一緒になり、新生「伊豆松崎牛原太鼓」が誕生しました。
年数が経過するなかで、曲がアレンジされ、メンバーも大人からこども達に移っていきました。
令和2年度のメンバーは小学生3名、中学生8名の総勢11名。練習は、土曜日の夜、環境センター文化ホールで行っています。
演奏活動
近年は、三聖まつり、重文まつり、長八まつりなどの町のイベント、成人式や伊豆半島太鼓フェスティバルで演奏をしています。最近では、メンバーOBの成人を祝い成人式で共演する機会もありました。
過去には、姉妹都市の安曇村の乗鞍高原すもも祭り、2004年浜名湖花博などの遠征や夏の花火の時には煙火伊豆松崎手筒組との共演もありました。
令和2年の状況
令和2年は、新型コロナウイルス感染症対策のためイベントはすべて中止となり、練習もほとんど出来ない状況でした。
解散
令和3年3月には中学生メンバーのうち5名が中学を卒業し、牛原太鼓も卒業することになり、残った6名では曲の構成も困難なことから令和2年12月6日の練習を最後に活動休止に至りました。
曲紹介
雲龍
伊豆松崎の偉大な先人「入江長八」は町に多大な文化遺産を残してくれました。浄感寺の本堂天井に「八方にらみの龍(長八作)があり、その作品を太鼓で表現しています。
ウズメ
入江長八の作品の中に「アマノウズメノミコトノリ」という日本書記神話に関する作品があります。
太陽の神様「アマテラスオオミカミ」が暴れん坊の弟「スサノオノミコト」に馬皮を家に投げ入れられ、洞窟に閉じこもってしまいます。すると、太陽がかくれて暗闇になってしまったので、「アマノウズメノミコトノリ」という女神が、洞窟のそばで切株の上に乗って舞い、女神を外へ出すことができた。これは有名な「天の岩戸」という神話です。
その神話を題材に、「暗闇」、「舞い」、「太陽」を太鼓で表現しています。
神明湧水(しんめいゆうすい)
伊那下神社には「神明水」という、自然の恩恵に授かった湧水があります。チョロチョロチョロチョロ。それは、人々の生活を助け、絶えることなく今日も同神社のそばに湧き出ています。自然への「恩恵」、「脅威」を締め太鼓で表現しました。
気転
太鼓塾!!発足当初に作った曲です。こどもたちはまだ小さいですが、とてつもないエネルギーを持っています。また、夢、可能性を秘めた生命体です。そのこどもたちが叩き出す音を「渦」にたとえ、「大きな渦巻」をイメージした曲です。
会友(かいゆう)
昔、中国に孔子という古人がいました。その方が書いた「論語」という書物をご存知だと思います。その中(「論語・顔淵」)で、「学芸(学問・芸術)によって友達を集め、その友によって仁の徳(正しいことを行う心)の成長を助ける」という言葉があります。太鼓を通じて集まった友をここに一同に集め、その願いが音で出せたらという願いを込めて作曲した曲です。
猪名部(イナベ)
古代西伊豆(当時、那賀郷)に朝鮮から来た帰化人「猪名部」民族が集落を作って住んでいました。そして、この地に造船技術を伝えたそうです。今日の松崎町には、その名残が「江奈」、「伊那(上、下)」、「船寄(神社)」などに残っています。
その外来の先祖は、騎馬民族。3・5・7の拍子で生活し、農耕民族とは違った拍子を持っていました。「馬の手綱」対「くわ・すき」から生まれたリズムの違いです。
3拍子を6の偶数拍子に変え、不思議な大陸リズムに乗せて、異郷騎馬民族に感謝を込めた曲です。
夕凪(ゆうなぎ)
人間は、どういうわけか、この世とあの世の境目をみたいせいか、黄昏時になると夕日を見たくなります。風もなく、波もなく、静かな海岸に太鼓を叩く若人が心に映るままに感じたものを曲に。松崎町夏まつり、花火大会の序曲。
桶洞太鼓という太鼓を肩から担ぎ、ばちを使って太鼓の両面を叩いています。その打法は、朝鮮の太鼓(チャンゴ)打法に原点を持っています。