帰一寺

公開日 2016年02月03日

p0169船田地区の小高い丘の上にある萬法山帰一寺は、臨済宗建長寺派の古刹。
正安3年(1301)元の国つまり中国の高僧である一山一寧※によって開かれ、当初は帰一庵と称したがのちに帰一寺と改めた。本尊は観世音菩薩。一山国師のあと数代は、公家の帰依僧が寺を継ぎ、天文年間(1532~55)には小田原北条家から寺領70石の虎判と、禁制札・下馬札を賜わり、宝貨の寄進もかなりあったがしばしば火災にあい、そのほとんどを焼失してしまった。正保年間(1644~48)徳川3代将軍家光による地所測量の際、代官伊奈兵蔵はこの寺が伊豆50ヶ寺の中本山だからとの理由で、寺領を従来通りにしてほしいと上申した。このため慶安元年(1648)船田村に20石の朱印地を与えられたが、明治8年になって新政府に返納。数年後に払い下げを申請した結果、その一部を買い戻すことができ、以来、太平洋戦争後の農民解放のときまで小作地として、農民に貸していたそうだ。寺宝には一山国師の自画像1幅と自筆絹地1幅、語録2巻が伝わっているほか、一切経6,700巻がある。経蔵は8代将軍吉宗のころ建立されたもので、中国風の六角形回転式。この輪蔵は旧大沢村の依田佐次兵衛貴長の寄進によってつくられたもので、中に納められている一切経は享保2年(1717)峰輪の大石七郎左衛門が4,270巻を、享保17年(1732)依田佐次兵衛貴長が2,430巻を寄進したもの。
堂の本尊・弁財天は聖徳太子が刻んだといわれている。本堂は弘化5年(1848)に再建され、棟梁は宮大工・寺大工の名工といわれた石田半兵衛※がつとめ、当時は茅ぶきだったが、現在は瓦ぶきにふき替えてある。七堂伽藍が周囲の美しい自然とよく調和しており、特に本堂裏の優雅な庭園がみごとで伊豆の代表的名園。伊豆横道33観音※霊場の第2番札所でもある。昭和59年4月から放映のNHKテレビドラマ「宮元武蔵」は、この帰一寺を舞台にロケが行なわれ、武蔵(役所広司)と沢庵和尚(津川雅彦)が出会う宮本村のいなか寺という設定で、武蔵が千年杉につり下げられるシーンが撮影された。

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