第15回全国漆喰鏝絵コンクール 受賞作品図録

公開日 2016年01月29日

第31回長八まつり

総評

最優秀賞の齋藤志げ子さんについて、私は2年前の第13回展の総評の中で特に触れています。鏝絵における伝統的スタイルの作品と新しいタイプの作品については募集要項にも明記されていて、本コンクールの趣旨に深くかかわっています。しかし、この両者は二者択一的に相反するものでも、並立して対峙すべきものでもないと私は述べました。齋藤さんは第1回展から継続して出品していて、当初は天女や虎などをテーマに伝統的技法で制作していました。それは高い技術力に裏付けされたすぐれた作品ですが、作者自身の素顔が見えてくるものではないように思いました。しかし、最近の作品「木蓮(老木)」や今回の「夕顔」には作者自身の深い精神性が強く表現されていて見る人の心を打ちます。このことを”伝統的技法”が”新しい技法”に打ち負かされたと考えるべきではないと思います。むしろ、齋藤さんの中の伝統的技法は、現在の個人的表現法を支える骨格として生き続けていると言うべきでしょう。ところで、今回は審査員の構成が、左官関係が3名、美術関係が3名とバランスがとれたものになっています。その6名の審査員がこぞって「夕顔」を強く支持したことは偶然ではないと思います。2年前の総評の繰り返しになりますが、長八の伝統を踏まえるということは、その模倣に走ることではなくて、長八の精神を引き継ぐことだと思います。長八は、彼以前のスタイルと技術をそのまま伝承したわけではなく、彼の生きた時代にふさわしい自由な発想で意欲的に制作したはずです。これから鏝絵の世界に入ってみようかと考えている初心の方たちがいたら、その方たちにとってはハードルの高い話になったかもしれません。それにしても齋藤さんが15年かけて獲得したものは最優秀賞というカタチよりも、その背後にある目に見えないものの中に大きな価値があると思います。
優秀賞の二作品、岡田さんの「桃源郷」、中村さんの「松崎の蔵」においても同様のことが言えると思います。両作品とも伝統的表現技法にしっかり立脚しつつ自分なりの豊かな世界をめざして努力を傾けています。今回の話題作を二つ挙げるとしたら、細田さんの「落葉の贈りもの」と高橋正道さんの「忍野八海中池」です。細田さんはこれまで彩色無しの白一色のレリーフでユニークな世界を表現してきましたが、「落葉の贈りもの」ではその色彩の艶やかな美しさに目を奪われてしまいました。高橋正道さんは前回の「浅間山」において抑制された知的な美の世界をクールに表現していたのが、今回は度胆を抜くような破天荒な作品を見せてくれました。バーチャルとしての作品内の現実を水面に写した影の世界の方にリアリティがあるというパラドックス的世界観です。大櫃さんの「安寧」と中井さんの「平和でありますように」はどちらもご自分の家族を描いているという点以外に何の共通要素もありません。しかし私には両作品に共通する不思議な感覚が感じられます。あくまでも私の個人的印象ですが、作者が家族から身を引いて、一種の別世界から家族を見ている感じです。大櫃さんの場合はこれまで完璧に子供達に密着していましたから特に不思議に思いました。最後になりましたが、堀江さんの「エビス様 大黒様」は小品で細かい仕事ぶりにもかかわらず、のびやかで自由自在の大胆さのようなものが感じられます。そして、この作品こそ伝統的で本格的な鏝絵技法の見本であるはずですが、伝統のくびきにはまったく束縛されず、まるで時空を超えたような解脱の心境を感じさせてくれるのはうれしい限りです。

大阪芸術大学 客員教授 丹波 洋介
富山大学 名誉教授

審査員

  • 大阪芸術大学 客員教授:丹波 洋介
  • 富山大学:名誉教授
  • 美術評論家:安達 めぐみ
  • (一社)日本左官業組合連合会:会長 守屋 清
  • 神奈川県左官業組合連合会:会長 三上 誠司
  • 元月刊「さかん」編集長:小林 澄夫
  • フレスコ普及協会代表:大野 彩

 

  氏名 作品タイトル 地域
最優秀賞 齋藤 志げ子 「夕顔」 静岡県松崎町
優秀賞 岡田 明廣 「桃源郷(とうげんきょう)」 愛知県大治町
中村 一夫 「松崎の蔵」 静岡県松崎町
入 賞 刑部 安司 「集中」 静岡県浜松市
中井 史枝 「平和でありますように」 三重県伊賀市
西宮 肇 「ほたるぶくろ(草)」 静岡県松崎町
番清 光明 「吉兆富嶽鶴の舞」 広島県尾道市
松留 貴美江 「蓮のはな」 東京都大田区
野中 順子 「おしどり」 愛知県名古屋市
野田 正三 「親方」 岐阜県群上市
松田 茂 「意気軒昂」 神奈川県大和市
国広 好生 「有害、無害、見えぬ煙」 神奈川県綾瀬市
鈴木 雅実 「貴方は今どこに?」 東京都町田市
大櫃 孝之 「安寧(あんねい)」 島根県安来市
高橋 正道 「忍野八海中池」 長野県佐久市
佳 作 堀江 弥太郎 「エビス様 大黒様」 東京都三鷹市
小野 和司 「鯉とあやめ」 埼玉県久喜市
大曽根 陽次 「試作8号」 愛知県豊田市
細田 栄作 「落葉の贈りもの(タマゴダケ)」 静岡県松崎町
黒崎 剛 「波涛(はとう)」 新潟県小千谷市
柳沢 行一郎 「乱舞」 神奈川県相模原市
中村 信子 「陽春」 神奈川県大和市
柳沢 艶子 「おさんぽ」 神奈川県相模原市
今岡 幸男 「身延山より富士川を望む」 静岡県富士市
井上 喜至男 「風景(湘南茅ヶ崎、エボシ岩)」 神奈川県茅ケ崎市

最優秀賞作品 

saiyusyu15「夕顔」
齋藤 志げ子
静岡県松崎町

夕暮れ時にひっそりと咲く夕顔の魅力は、その控えめで上品な奥ゆかしさですが、この作品の魅力も正にそれに尽きると思います。抑制した盛り上げとうす暗い色調は決して人目を引くものではありませんが、内に秘めた美しさが見る人の心を魅了して作品の前に立ち止まらせます。夕顔の花は真っ白くは表現されていませんが、長く見続けていると、気高いようなその白さが少しずつ心に染みわたってくると思います。

 

 

 

 

優秀賞作品

yushu115「桃源郷(とうげんきょう)」
岡田 明廣
愛知県大治町

陶淵明の「桃花源記」がテーマのようですが、張志和の「漁父歌」のイメージを視覚化しているように思われます。いずれにしても、作者はテーマを鑑賞者に対してよりもむしろ制作者である自分自身の問題にしたかったのではないでしょうか。あまりにもデリケートなうろこの表現やかすかに光る壁の表面の効果も人に見せてアピールするには繊細すぎるようです。ユートピアとは"存在しない場所"という意味ですが、桃源郷の至福の時間は、鏝絵を制作中の作者の心の中にあるかもしれませんね。

 

 

yushu215「松崎の蔵」
中村 一夫
静岡県松崎町

作者は松崎町に残る歴史的建物や街並みをテーマにして制作を続けています。斜めから見たときは透視図法と彩色を組み合わせて、今回のような正面からのときは異なった方向からの視線の併用で着彩は行わないという傾向があります。いずれにしても、現実の空間を平面場に表現するに当って、盛り上げの厚みのみに頼ることなく独自の方法を試行錯誤しながら追及しています。鏝絵製作における一つの王道だと思います。

入選作品

nyusho0115 nyusho0215 nyusho0315
「集中」 刑部 安司
静岡県浜松市
「平和でありますように」
中井 史枝
三重県伊賀市
「ほたるぶくろ(草)」
西宮 肇
静岡県松崎町
nyusho0415 nyusho0515 nyusho0615
「吉兆富嶽鶴の舞」
番清 光明
広島県尾道市
おしどり」
野中 順子
愛知県名古屋市
「蓮のはな」
松留 貴美江
東京都大田区
nyusho0715 nyusho0815 nyusho0915
「親方」
野田 正三
岐阜県群上市
「意気軒昂」
松田 茂
神奈川県大和市
「有害、無害、見えぬ煙」
国広 好生
神奈川県綾瀬市
nyusho1015 nyusho1115 nyusho1215
「貴方は今どこに?」
鈴木 雅実
東京都町田市
「安寧(あんねい)」
大櫃 孝之
島根県安来市
「忍野八海中池」
高橋 正道
長野県佐久市

佳作

kasaku15

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